【SNS誹謗中傷】新手続。発信者情報開示命令

2021/07/04ブログ

SNS上の誹謗中傷に対抗するには、プロバイダ責任制限法上の発信者情報開示請求を行うのが一般的です。

⇨以前の記事:

【SNS誹謗中傷】匿名者を特定しよう。発信者情報開示請求

しかし今回、より簡単に使うことのできる、3つの新しい手続が同法上設けられることとなり、改正法案が今国会での成立を目指し提出されています。

そこで、本稿では、まだまだ情報が少ないこの新しい手続、

①発信者情報開示命令

②提供命令

③消去禁止命令

のうち、①発信者情報開示命令について、解説したいと思います。

 

現行法について

いままでの発信者情報開示請求も併存

 

今までも、誹謗中傷や迷惑な投稿を行った発信者を特定する手続として、発信者情報開示請求がありました。

この手続も、何も改正法案でなくなってしまうというわけではなく、引き続き、選択肢の一つとして存続することになっています。

 

現行法の問題点

 

しかし、現行法には2つの問題点がありました。

〔問題点1〕昨今主流となっているログイン型サービスに対応していない

現行法上の発信者情報開示請求は、2ちゃんねるのような旧来の掲示板サービス等を前提としているため、投稿時にIPアドレスのログが残ることを前提としています。

しかし、FacebookやTwitterなどのログイン型サービスの場合、IPアドレスのログが残るのはログイン時だけで、投稿時にはIPアドレスのログが残りません

そのため、ログイン型サービスにおいて現行法はうまくワークせず、発信者のIPアドレスを特定することが困難になっていました。

〔問題点2〕裁判手続の負担が重い

さらに、いままでの発信者情報開示請求を利用した手法では、最終的に発信者を特定するに至るまで、多くの場合、3つの手続を踏む必要がありました。

具体的には、以下のような3つの手続です。

① 対CP:発信者情報開示の仮処分
⇨発信者のIPアドレス等を特定する

② 対AP:発信者情報開示請求
⇨IPアドレス等から、発信者の氏名・住所を特定する

③ 対AP:ログ消去禁止の仮処分
⇨②が終わるまでログの消去を禁止する

 

このような手続を、プロバイダからログが消去されてしまうタイムリミットまでに(大体3か月から6か月ほどのようです。)行わなければならないため、弁護士に相談するかどうか悩んでいる暇すらないような状態でした。

なお、より実務よりな話にはなりますが、FacebookやTwitterといった海外サービス上で誹謗中傷等が行われた場合、相手方が海外法人になることから、海外法人の資格証明書(会社登記簿)を取得せねばならず、これにもひと月ほどかかってしまうのが通常で、とにかく時間がありませんでした。

 

解決策

 

上記のような2つの問題点を解決するため、改正法案には以下のような2つの解決策が盛り込まれています。

〔解決策1〕ログイン時情報の開示

 

まず、ログイン型サービスに対応していないという上記〔問題点1〕を解決するため、改正法ではログイン時情報についても開示の対象としました。

 

〔解決策2〕新しい手続

 

そして、裁判手続の負担が重いという上記〔問題点2〕を解決するため、改正法では新たな手続を設けました。

 

3つの命令を同時に申し立てることができる

新しい手続の最大の特徴は、これまで踏まねばならなかった3つの裁判手続に対応する3つの命令を、1回の申立てで行うことができるという点です。

すなわち、

①発信者情報開示命令(改正法案第8条、第5条第1項・第2項)

②提供命令(改正法案第15条)

③消去禁止命令(改正法案第16条)

の3つの命令です。

 

非訟手続である

さらに、これらの命令を求めるための手続は、訴訟手続ではなく、新たな非訟手続として設けられることになりました。

非訟手続とは、という話にはあまり意味がないものと考えますので、訴訟ではない、特別の制度が設けられたのだということだけご理解いただければ問題ありません。

※「非訟」が気になる方向け

非訟手続の意味については、学説上も明確な定義について一致した見解は得られておらず、不明確な概念です。
もっとも、少なくとも、裁判所が関与する「訴訟ではない手続」というところまでは言ってよいと思われます。

非訟事件手続法という一般法もあるものの、たいてい、それぞれの事案類型に応じたオーダーメードの法律が用意されます。
このように、訴訟ではない手続を、様々な事件類型ごとに新たに設計することで、迅速かつ柔軟な事案の解決を狙うのです。
非訟手続の代表的なものとしては、家事事件手続法上の家事審判や、借地非訟事件などが挙げられます。

非訟化の限界

このように申し上げると、非訟手続の方が訴訟手続よりも優れているように思われるかもしれません。
しかし、裁判を受ける権利は憲法上認められた権利になりますので、あまりに何でもかんでも非訟手続で済ませてしまうことはできません。
かといって、ではどこまで許されるのかという点については、こちらも結論が出ていないところです。

このように、非訟手続は法学上もフラジャイルな領域です。

結局、非訟とは?

私個人としては、非訟手続という分類にはほとんど意味はなく、理論的整合性よりも現実的必要性からやむなく生まれた裁判所が関与する訴訟以外の多種多様な制度を、便宜上まとめて「非訟」と呼んでみただけに過ぎないものと考えています。

 

発信者情報開示命令(改正法案第8条)

 

発信者情報開示命令(改正法案第8条)とは、本来であれば訴訟において行わなければならない発信者情報開示請求を、申立人からの申立てによって、命令によって実現する新しい手続です。

そのため、開示を請求できる内容については、発信者情報開示請求についての改正法案第5条第1項・第2項の規定が準用されています。

 

これらの条文は大変読み下しにくいので、詳しく見ていきましょう。

第5条第1項

 

(発信者情報の開示請求)

第五条

特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、

当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対し、

当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、

特定発信者情報

(発信者情報であって専ら

侵害関連通信


侵害情報の発信者が当該侵害情報の送信に係る特定電気通信役務を利用し、
又はその利用を終了するために行った当該特定電気通信役務に係る識別符号
(特定電気通信役務提供者が特定電気通信役務の提供に際して当該特定電気通信役務の提供を受けることができる者を他の者と区別して識別するために用いる文字、番号、記号その他の符号をいう。)
その他の符号の電気通信による送信であって、
当該侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内であるものとして総務省令で定めるものをいう。

に係るものとして総務省令で定めるものをいう。以下この項及び第十五条第二項において同じ。)

以外の発信者情報については第一号及び第二号のいずれにも該当するとき、

特定発信者情報については次の各号のいずれにも該当するときは、

それぞれその開示を請求することができる。

註:改行、インデント、下線及び上記※印青字部分は筆者。

 

あまりにも読みづらいので、なぜこんな定め方にしたのか疑問を感じないではありませんが、ざっくりいえば以下の通りのようです。

1:特定のログイン時情報以外の発信者情報は、1号・2号に該当するとき、開示を請求することができる。

2:特定のログイン時情報は、1号・2号・3号の全てに該当するとき、開示を請求することができる。

 

そして、詳しくは後述しますが、

  • 1号は権利侵害の明白性
  • 2号は開示を求める正当な理由
  • 3号は補充性

を要件としています。

そのため、第5条第1項を整理すると以下の通りのマトリックスになります。

  1号:権利侵害の明白性 2号:正当な理由 3号:補充性
特定のログイン時情報以外の開示 ×(不要)
特定のログイン時情報の開示

 

3号:補充性

 

1号の権利侵害の明白性と、2号の正当な理由については、これまでも同様の規定がありましたし、意味としてもわかりやすいので本稿では割愛します。

問題は、3号の補充性要件です。

この3号の条文も極めて読み下しにくいので、また詳しく見ていきましょう。

三 次のイからハまでのいずれかに該当するとき。

イ 当該特定電気通信役務提供者が当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報を保有していないと認めるとき。

ロ 当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報が次に掲げる発信者情報以外の発信者情報であって総務省令で定めるもののみであると認めるとき。

⑴当該開示の請求に係る侵害情報の発信者の氏名及び住所

⑵当該権利の侵害に係る他の開示関係役務提供者を特定するために用いることができる発信者情報

ハ 当該開示の請求をする者がこの項の規定により開示を受けた発信者情報(特定発信者情報を除く。)によっては当該開示の請求に係る侵害情報の発信者を特定することができないと認めるとき。

 

この条文も大変読みづらく、何を言っているのかぱっとはわからないのですが、概ね以下の旨を言おうとしているものと思われます。

  • イ 当該プロバイダが特定のログイン時情報以外の発信者情報を持っていないとき
  • ロ 当該プロバイダが特定のログイン時情報以外の発信者情報を持ってはいるものの、その持っている発信者情報が、
    ⑴発信者の氏名・住所でもなければ、
    ⑵有益な情報を持っていそうな他のプロバイダを見つけるために使えそうな情報でもないとき
  • ハ 特定のログイン時情報以外の情報だけ開示を受けても、発信者を特定できそうにないとき

 

つまり、特定のログイン情報を開示してもらえないと、発信者にたどり着くことができなくなるとき、ということです。

この補充性の要件があるため、特定のログイン時情報以外で何とかなるような場合には、ログイン情報の開示を受けることはできません。

 

第5条第2項

 

ここまででも大分大変でしたが、次に第2項を見ていきましょう。

2 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、

次の各号のいずれにも該当するときは、

当該特定電気通信に係る

侵害関連通信


侵害情報の発信者が当該侵害情報の送信に係る特定電気通信役務を利用し、
又はその利用を終了するために行った当該特定電気通信役務に係る識別符号
(特定電気通信役務提供者が特定電気通信役務の提供に際して当該特定電気通信役務の提供を受けることができる者を他の者と区別して識別するために用いる文字、番号、記号その他の符号をいう。)
その他の符号の電気通信による送信であって、
当該侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内であるものとして総務省令で定めるものをいう。

の用に供される電気通信設備を用いて電気通信役務を提供した者

(当該特定電気通信に係る

前項に規定する特定電気通信役務提供者である者


当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者

を除く。以下この項において「関連電気通信役務提供者」という。)

に対し、

当該関連電気通信役務提供者が保有する当該侵害関連通信に係る発信者情報の開示を請求することができる。

一 当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。

二 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他当該発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。

註:改行、インデント、下線及び※印青字部分は筆者。

 

この条文は、

侵害投稿者がログインの際に利用したプロバイダであって、侵害投稿の際に利用したプロバイダではないものに対し、

ログイン時情報の開示を請求することができる旨を定めたもののようです。

 

まだ総務省令が出ていないこともあり、

第1項の、侵害投稿の際に利用したプロバイダに対して開示請求できる「特定発信者情報」(=発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるもの)と、

第2項の、侵害投稿の際に利用したプロバイダではないプロバイダに対して開示請求できる「当該侵害関連通信に係る発信者情報」とが、

何を意図して別のものとして書き分けられているのかは定かではありません。

 

小括

 

3つの新しい手続の1つ目、①発信者情報開示命令については以上の通りです。

かなり長くなってしまいましたので、②提供命令と③消去禁止命令については次回に譲ろうと思います。

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