2024/02/13ブログ
スタートアップ法務の幅広さ
スタートアップの経営者にとって、いったいいつから、どれぐらいのコストを法務にかけるべきなのかというのは悩ましい点だと思います。
またスタートアップ法務に取り組みたいと考えていらっしゃる専門家の方もいらっしゃることでしょう。
とはいえ、一言で「スタートアップ法務」といってもそのカバー範囲はかなり広いものになります。
私自身、スタートアップ法務の範囲が広すぎて最近では「これは果たして法務の仕事なのだろうか?」と混乱することが多くなってきました。
しかし、悩みに悩んで最近ではすっきりと体系的に整理ができたように思います。
そこで、この記事では「スタートアップ法務」を体系的に3分野にわけて整理するという方法を提案・ご紹介したいと思います。
スタートアップ法務は3分野
これまでスタートアップ法務に取り組んできた経験から、スタートアップ法務は以下の3分野に整理可能だと考えます。
- コーポレート及びファイナンス
- BizDev
- プロダクト及びカスタマーサクセス
の3分野です。
1 コーポレート及びファイナンス
コーポレート及びファイナンスにかかるスタートアップ法務はざっくりいえば
「会社法上の行為」
のサポートになります。
具体的には
- 会社設立
- 株式発行/新株予約権発行やこれらに関する投資契約締結
- その他取締役決定/取締役会や株主総会
などを会社が行おうとするときにその手続をサポートします。
司法書士の先生のプレゼンスも大きい分野です。
また投資契約などにおいてはスタートアップを専門とする弁護士の本領が発揮されます。
特にスタートアップの場合はエクイティ・ファイナンスとコーポレート・ドキュメントの管理が重要になってきます。
これらの点にミスがあった場合にはそのスタートアップは再起不能となってしまう可能性もあります。
※コーポレート・ドキュメント管理の重要性についてはこちらの記事をご参照ください。
【なぜ議事録が足りていないとダメなのか?】コーポレート・ドキュメント管理の重要性について – 弁護士法人アインザッツ (einsatz.law)
経営者の皆様へ
経営者の皆様の立場に立つならば、このコーポレート及びファイナンスの分野に関しては専門性が高い上、ミスがあったときに会社の存立そのものが揺らいでしまうことから、ここに費用をかけることについては躊躇するべきではないでしょう。
むしろ積極的に事業計画の数字の中に維持費として含めるようにしてください。
逆に、この点の費用が事業計画に含まれていないにもかかわらず何の指摘もしてこない投資家はやや支援姿勢に疑問があるといっていいと思います。
依頼をする場合は必ずスタートアップ法務の専門家に依頼するようにしてください。
スタートアップ法務「も」やりますという専門家は若干危険です。
そもそも「スタートアップ」の定義も多義的ですので、「起業」ぐらいの意味で使われている可能性もあります。
専門家の皆様へ
専門家の皆様からしても、クライアント企業が再起不能とならないよう、スタートアップに携わるのであればまずこの点についてサポートをして差し上げて欲しいと思います。
この分野はスタートアップに特有の法務領域ですので、スタートアップ法務にがっつり取り組みたいとお考えなのであればまずはここから着手されることをお勧めします。
他方でぜひご注意いただきたい点もございます。
この分野は本当にスタートアップに特有のもので、中小企業法務に似ていたとしても全くの別物です。
そのためきちんと勉強をされてから着手されないと事故が起こりやすい分野となります。
初めて挑戦されるような場合には、スタートアップの分野に明るいご友人の先生などと一緒に対応されることをお勧めします。
※手前味噌ですが私も所属するBAMBOO INCUBATORにご参加されるのも良いと思います。
先生方のキャリアに傷をつけないためにも、この点にはくれぐれもご注意ください。
2 BizDev
BizDev(事業開発)にかかるスタートアップ法務は
「ビジネスモデルの開発・設計」
のサポートになります。
具体的には
- 業法等の規制の確認
- 報酬・料金体系の立案
- 訴訟リスクの検討
- 知財取得等の市場戦略の検討
などを行うことになります。
この次に述べる3番目の分野である「プロダクト及びカスタマーサクセス」と若干似通っているのですが、BizDevはあくまでもビジネスとしての骨組みの部分です。
※ピッチデッキに書く部分だと理解していただくとわかりやすいかもしれません。
経営者の皆様へ
イノベーティブな事業や法規制に挑むような事業を検討されている場合にはぜひこの点についても積極的にご相談いただいた方が良いと思います。
相談先はスタートアップ法務の弁護士でも構いませんし、紹介をたどってその事業領域の専門家に声をかけるのも良いと思います。
他方で、ビジネスモデルそのものはそれほどイノベーティブではなく、プロダクトやサービス内容の方に特色がある、というような場合にはこの点はそれほど重視しなくても良いでしょう。
例えば、勉強用アプリを開発して月額料金を取る、というようなビジネスモデルの場合にはご相談いただく必要性は相対的に低いと思います。
あえてBizDevで法務の力を借りるか否かの判断基準を挙げるならば、
- ブルーオーシャン狙いのビジネスモデル
- 既存のサービスをITで安価に提供するモデル
は法務の力を借りた方が良いと思います。
ブルーオーシャン狙いのビジネスの場合は「なぜこの領域はブルーオーシャンなのか」を考える必要があります。
多くの場合、ブルーオーシャンは①そもそもできないか、②できても稼げないかのどちらかです。
①のそもそもできないというパターンの場合は法律がその理由となっていることも多くあります。
そのため、法務にご相談いただくのがお勧めです。
既存のサービスをITで安価に提供するモデルについては、人が労働集約的に処理している事務を機械にやらせることで効率性を上げることになると思います。
その場合、「人でなければやってはいけない業務」が含まれていないかについては慎重に検討する必要があります。
これは資格保有者にしか許されていない業務はもちろん、大きな責任が発生するような業務についても機械任せにはできなくなりますのでビジネスモデルが成立しなくなります。
そのため、やはりこのような場合も法務にご相談いただいた方が良いでしょう。
専門家の皆様へ
特に業法・規制についての知識が求められるところになりますので、必ずしもスタートアップ法務の専門家である必要はない分野です。
もしすでに専門とされている領域があるようであればそれをスタートアップ向けに提供するということは多いにありうるでしょう。
知財の専門家としてこの分野にコミットするというのもよくあるケースです。
個人情報を積極的に利用するビジネスモデルの場合には個人情報保護の専門家も求められることでしょう。
また、SaaSやWEB3、AIといったスタートアップが好む領域というものも一定程度存在しますので、スタートアップに携わりたいとお考えなのであればこれらの領域を積極的に学ばれるのも良いと思います。
3 プロダクト及びカスタマーサクセス
最後がプロダクト及びカスタマーサクセスとしてのスタートアップ法務です。
これは「2 BizDev」で作ったビジネスモデルを顧客に提供する方法を考える作業になります。
BizDevがwhat(何を)提供するかを考えることだとすれば、プロダクト及びカスタマーサクセスではhow(どうやって)を考えます。
BiZDevは顧客が意識しない仕組みの部分を、プロダクト及びカスタマーサクセスは顧客に見える部分を作る作業といってもいいでしょう。
具体的には
- 契約書や利用規約の作成と改善
- 契約を締結したり同意を取得したりするフローの策定
- 顧客へのサービス説明方法の検討
- クレーム対応、問題事例への対応
- クレームや問題事例をきっかけとした契約書、利用規約またはサービス説明方法の改善
などを行います。
プロダクト
作ったプロダクトやサービスを有償で提供するのであれば、何らかの契約や利用規約上の合意を顧客と結ぶことと思います。
そうだとすれば、その契約や利用規約も顧客の目に触れ実際に使うツールとなりますので、プロダクトの一部だと考えるべきです。
そしてUIやUXの観点から契約や利用規約そのもの、そしてそれらを締結するフローについては顧客にとってわかりやすく、使いやすく、納得できるものを用意するべきでしょう。
そうすることで顧客にとって不意打ちとなるような状況、不誠実な対応といったものを減らすことができます。
これは最終的にはトラブルの防止という会社の利益にもつながることになります。
カスタマーサクセス
いざクレームが発生してしまったような場合にはその対応にもあたることになります。
法務はクレーム対応の専門家ではありませんし、法的に考えた結論が当該トラブルの解決策として納得感が高いものとも限りません。
そのため法務だけでクレーム対応をするというよりも、関係部署や担当者と協力しながらトラブルを少しでも良い着地点に導くことが仕事になります。
この際に法務に求められるのは「対応のアンカーポイント」を設定することです。
つまり、いざ裁判となったときにはこうなります、という予想をアンカーポイントとして立て、それを前提に話し合いができるようにフィールドを設定する役割です。
経営者の皆様へ
まず、契約書や利用規約の作成については専門家のサポートを受けることを強くお勧めします。
契約書や利用規約は日本語で書かれていますので、ご自分でもできそうだとお考えになるかもしれません。
しかし、
- 自分が考えていることを、誤解なく相手に伝えるために一義的に言語化していくこと
- 要件と効果からなる論理式として各条項を起案すること
には想像よりも高度な技術が必要です。
また、契約書や利用規約は一度作って終わりではありません。
定期的にメンテナンスし、ブラッシュアップを行なっていく必要があります。
これはプロダクトと同じです。というよりも、契約書や利用規約はプロダクトの一部です。
意外とここら辺がしっかりしていないと、独善的で、顧客に対してevilなプロダクトやサービスになってしまうことがあります。
他方で、契約書や利用規約がプロダクトの一部である以上、PoCやPMFまでは簡易版やお手製の契約書で乗り切るというのも一つの戦略です。
契約書や利用規約のドラフトやブラッシュアップにはある程度のコストがかかりますので、一定程度プロダクトの全体像が見えてきてから本格的に作るというのでも私はリスクは少ないと思います。
逆に、この頃にきちんと転んでおかないと、「契約書や利用規約もプロダクトの一部なのだ」という感覚を肌触りとして獲得することができないかもしれません。
PMFもしてステージが進んできたような場合は、特にこの部門を中心に「法務部」として立ち上げていくようなイメージを持っていただくと良いでしょう。
コーポレートやエクイティと違い、会社ごとの個別性が高く、アウトソースに適さないためです。
専門家の皆様へ
スタートアップのクライアントにこれらのサービスを提供する際にはクライアントがどのステージにありどの程度の資力があるのか、という点も加味してコミットされると良いと思います。
ステージが進むに従って関与の頻度はスポットから常時駐在型になっていくものと思います。
ご自分の稼働余力からどのレベルまでお付き合いができるのか、どの程度関与したいのかという点も意識されると良いでしょう。
まとめ
以上をまとめると、スタートアップ法務は以下のような図に表すことができます。
「1 コーポレート及びファイナンス」はほぼマストで、創業当初から専門家に依頼をしてください。
ここは費用を嫌うべきところではありません。
「2 BizDev」は創業初期からPMFまで必要になるものと思います。
ビジネスモデルのイノベーティブ度合いによってご相談の要否をご検討ください。
ブルーオーシャン狙い、ITによる労働集約市場のハック狙いの場合は要注意です。
「3 プロダクト及びカスタマーサクセス」はPoCかPMF後には導入いただくと良いでしょう。
リーガルもプロダクトなり、です。
専門家にいつ、何を頼むべきなのかというヒントとしていただきつつ、組織づくりの際にも参考にしていただければと思います。
お役に立てば幸いです。
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