2023/07/25ブログ
この記事の内容
弊所では最も専門性の高い業務の一つとしてエクイティ・ファイナンスによる資金調達支援を実施しています。
具体的な支援内容としては大きく分けて以下の2点です。
- 投資契約書の作成またはレビュー
- 株主総会の実施および議事録の作成
とてもシンプルに見えると思います。
ところが実際のところその舞台裏はいつもおおわらわで、二転三転する状況に大いに振り回されています。
しかしクライアントであるスタートアップ起業家の皆様にとってはやっと掴み取ったチャンスです。
専門家として「できません」という訳にもまいりませんので、何とか毎回食らいつきクロージングまでご一緒しています。
さて、このように多くの場合で資金調達が予定通りに進行しないのは、そもそも資金調達の交渉開始からクロージング、そして登記に至るまでのスケジュール感や、効率のいい交渉の進め方といったものが当事者において周知理解されていないことが一因として挙げられるのではないかと思うに至りました。
そこで、この記事では弊所においてお勧めする資金調達のスケジュール感と効率の良い交渉の進め方について述べたいと思います。
なお、弊所の経験則によるところも大きいため、あらかじめご承知おきの上ご参考になさっていただけますと幸いです。
タスクとスケジュール
結論から申し上げますと、資金調達完了までのタスクとスケジュールは概ね以下のようにイメージしておくと良いでしょう。
⑴ ピッチ〜投資家側の投資判断
まずはとにもかくにも投資家側に投資判断をいただかないといけません。
複数回のピッチを経て、投資家ボーディングメンバーの説得に成功し、DDも突破したところから具体的な交渉に入って行きます。
⑵ 具体的な交渉開始〜タームシートレベルでの合意(1〜2週間)
具体的な交渉を開始するに当たっては、まず基本的な投資条件について「タームシートレベルで合意」しておくことをお勧めします。
ここが大きくずれているようではこの後の交渉が無駄に終わるためです。
特に、以下のような点についてはタームシートを作っておいた方がいいでしょう。
エクイティの種類 | 普通株式/みなし優先/優先株式/J-KISS etc. |
株価 | ●円 |
株数 | ●株 |
その他の条項 |
買取請求権、先買権、事前承諾事項、取締役またはオブザーバー指名権 etc. |
投資契約書のドラフトをどちらが作成するか |
投資家/発行会社 |
【ワンポイント】投資契約書をどちらが作るのかという点は意外と重要です!
投資契約書は主に投資家の利益のために作られるものですので、通常はまず投資家側がドラフトを作成します。
というより、投資家側がVCさんのようなプロであれば普段から使い慣れている雛形を既に持っているはずです。
そのため多くの場合はどちらが投資契約書のドラフトを作成するかという点は問題となりません。
しかし、投資家さんがあまりスタートアップ投資に慣れていない場合には、「投資契約書はそちらで用意してくれ」とスタートアップ側にて投資契約書を用意するよう言われてしまうケースがあります。
このようなケースは意外とトラブルになりやすいので注意が必要です。
理由1:高い
そもそもきちんとした投資契約書を書くという業務は専門性が極めて高く、弁護士に依頼した際のフィーはかなり高くなります。
理由2:欲しくない
しかし、スタートアップ側から見れば、投資契約書はその内容のほとんどが自分たちを縛るためのものです。そのため、投資契約書をドラフトすることにほとんど何のインセンティブもありません。
理由3:投資家がどんな投資契約書を望んでいるのかわからないため、時間とお金が余計にかかる
投資契約書は1ページしかないものから60ページにわたるものまで様々です。
しかも、それを相手方である投資家が納得するようにその気持ちを慮って書かなければならないとなると、何度もリライトせねばならなくなり、時間とお金が湯水のように浪費されるおそれがあります。
理由4:FIXするとは限らない
そこまで時間とお金をかけてその投資家さん専用の投資契約を作ったとて、その契約がFIXするとは限りません。
結局FIXしなかったときにはかけた時間と費用が丸ごと損失となります。
以上のとおりですので、投資契約書をスタートアップ側が用意することは得てしてトラブルを招来しやすいのです。
スタートアップ側が投資契約書を用意するのは、投資家側が極めてシンプルな投資契約でも問題がないことを明言しているような例外的な場合に限るようにしましょう。
⑵’ 投資契約書のドラフト(1週間〜2ヶ月)
もし投資契約書をスタートアップ側で用意することとなったとしても、ペラ1の投資契約書でも問題がないようであればスケジュールにはそれほど影響しません。
むしろ、投資契約書をめぐる交渉がほとんど要らなくなりますのでクイックに払込まで進めるでしょう。
しかし、もしある程度きちんとした投資契約を用意せねばならないことになったとしたら、原則として長期戦を覚悟してください。
というより、そのような交渉はそもそもかなり危険ですので打ち切るというのも賢い選択です。
⑵’ 出資を受けるための下準備(2週間〜2ヶ月)
また、この段階になって初めて、
「発行済み株式数が少なすぎる!」とか、
「投資家に見せられるこれまでの株主総会議事録が1通もない!」
とかといった問題が露見することが往々にしてあります。
このような場合には急いで対応をする必要があり、これに結構な時間を取られることがあります。
例えばよくあるのが発行済み株式数が少なすぎて株式の分割をしないといけないようなケースですが、これには法律上空けなければならない期間があったり、登記が必要であったりとたっぷり時間が必要となりますので、大体1.5ヶ月は見ておいていただきたいところです。
株主総会議事録を作っていなかったような場合には、株主構成が創業当初より変わっていないような場合はそれほど問題になりませんが、株主の入れ替わりがあったような場合には再起不能の致命傷となる場合があります。
こればっかりはやはり日頃からきちんと作っておくことが重要です。
⑶ 投資契約書のレビューおよび交渉(1〜2ヶ月)
投資契約書の量にもよりますが、一般的な投資契約書についてレビューし交渉するような場合、概ね1ヶ月〜2ヶ月ぐらいの期間は見ておくことをお勧めします。
なぜなら、一方当事者が投資契約書をレビューし相手方に戻すまでに大体1週間はかかるからです。
例えば、月曜日に投資契約書がスタートアップ代表者であるあなたの手元に届いたとすると、概ねスケジュールとしては以下のようになります。
- 月曜日:投資契約書が投資家から到着。弁護士にレビューを依頼。
- 火曜日:弁護士がレビューを開始。並行してあなたも投資契約書を読み込む。
- 水曜日:弁護士によるレビュー中。並行してあなたも投資契約書を読み込む。
- 木曜日:弁護士がレビューを完了。あなたにレビュー済みの投資契約書が戻ってくる。
- 金曜日:内容を把握しながらレビュー結果の理解に努める。どうしてもわからないところがあったので弁護士に質問メールを送る。
- 土曜日:プッシュバックするところを決め、投資家に戻すファイルを作成しはじめる。
- 日曜日:疑問点が再度出てきたので弁護士に質問メールを送る。
- 月曜日:弁護士から回答メールが届く。内容を理解した上でどうするか決断し、投資家に戻すファイルを完成させる。
- 火曜日:最終チェックをして、ファイルを投資家に戻す。
いかがでしょうか。土日返上で頑張ってもこれだけで9日もかかってしまいます。
しかもこの弁護士さんは依頼を受けた翌営業日から直ちに作業に入ってくれ、3営業日目には戻してくれていますので仕事は決して遅くありません。
さて、このように9日ごとにやりとりを繰り返したと仮定すると、3往復する頃には54日が経過してしまいます。
そう考えると、なるべく2往復でFIXさせるつもりで交渉するべきですし、それでも36日かかるという点には留意しておく必要があります。
【ワンポイント】弁護士への依頼はお早めに
通常、弁護士は他にも多く仕事を受けており、先に来た依頼が基本的には優先です。
新しく来た依頼は列の最後尾に並ぶことになります。
お急ぎの場合にはなるべく早めに依頼するのが吉です。
⑷ 株主総会の準備〜開催(1〜2週間)
無事、投資契約書がFIXしたらとうとう株主総会の準備です。
株主総会の開催にあたっては招集通知を準備しこれを送付することが必要で、通常はこの通知を開催日の1週間前(中7日)には送付しなければいけません。
そうしますと、そもそもこの「招集通知」を作る時間と、送ってから開催日まで1週間空けることが必要となりますので、テキパキ動いても2週間ほどは必要となります。
なお、まだ内部株主しかいないようなラウンドであれば、株主の全員同意による手続の省略や書面決議によりもう少し短く終わらせることも可能です。
【ワンポイント】そろそろ司法書士の先生に依頼をしよう
投資契約がFIXしたら、株主総会の準備と並行して登記に向けて司法書士の先生に依頼をしましょう。
むしろ、株主総会の準備や議事録の作成に関して弁護士に依頼していない場合もあるでしょうから、その場合は株主総会の準備や議事録の作成ごと司法書士の先生に依頼する方がスムーズです。
なお、司法書士の先生にも得意分野があり、商業登記を専門とする先生は不動産登記を専門とする先生と比べて少ない傾向があります。
普通株式の登記であれば比較的簡単ですので商業登記がメインでない先生でも対応できるものと思いますが、優先種類株式やJ-KISSの登記は難易度が高いため、商業登記、特にスタートアップ関連の登記のご経験がある司法書士の先生に依頼するのが安心です。
⑸ 契約締結作業(1〜2週間)
株主総会が無事成立したら、やっと契約締結作業です。
紙ベースで締結する場合には押印というスタンプラリーを行う必要があります。
この点、投資家さんや株主間契約に参加する株主さんが多いような場合には電子契約とするのも一つの方法です。
その場合には初めから契約書を電子契約で締結できるようにアレンジしておく必要があります。
⑹ 投資家による払込(1〜3週間)
意外と忘れがちですが、投資家さんも大金を払い込むわけですので株主総会が無事成立したことを議事録によってきちんと確認したいはずです。
また実際に大金を動かすわけですので、払込を行うまでには時間がかかることがあります。
せめて契約締結から1週間は時間を空けて払込期日を設定するべきでしょう。
⑺ 登記
払込が終われば次は登記です。
あらかじめ依頼をしておいた司法書士の先生に登記申請をお願いしましょう。
登記は2週間以内に行う必要があります。
⑻ 投資家に書類を共有
登記が終わってもまだ安心してはいけません。
多くの場合は投資契約上、登記の完了後に全部事項証明書の写し等を投資家に共有し、確かに登記まで済ませたことをお知らせすることになっています。
ここまでやってやっと資金調達のプロセスが一通り完了したことになります!お疲れ様でした!
トータルで約12週間がベース!
後ろにずれ込んでいくケースの方が圧倒的に多い
以上をまとめると、投資家側が投資判断を済ませ、具体的な投資条件の交渉に入ってから、実際に着金に至るまで、スムーズに行ったとしても約12週間ほどかかる計算になります。
もし、⑵’のように投資契約のドラフトをしなければいけないとか、株式分割等の下準備が必要とかといった事情がある場合にはどんどん後ろにずれていきます。
もちろん、投資契約書のレビュー合戦が混迷を極めた場合もどんどん後ろにずれていきます。1往復増えるだけで2週間ずれ込みますので馬鹿にできません。
当然、12週間より早く払込まで終了するパターンも往々にしてあります。
しかし、経験則的には当初なんとなく4週間でと考えていたスケジュールがずれにずれて3ヶ月ほどかかるというようなケースが一番多いように思います。
ラウンドが進んでいけばいくほど手続にも慣れていきますので、このズレは小さくなっていきます。
計画的にスケジュールを引き、慎重かつ丁寧に進めるべき
なんとなく1ヶ月ぐらいあれば十分着金まで行けるような気がしてしまいがちですが、1ヶ月で着金まで行けるのは、
- 投資契約がもうできていてほぼFIXしており
- 株主総会、契約締結、払込という純粋な作業しか残っていないとき
だけではないかと思います。
また、エクイティによる資金調達は専門家が扱う業務としても難易度が高く、慎重さを求められる場面です。
そしてミスがあったときにはやり直すしかありませんし、最悪の場合やり直せないことも考えられます。
そのため、あまりに焦ってミスを誘発するぐらいなら、計画的にスケジュールを引き、ゆっくり慎重に丁寧に作業をした方が後々のためにも良いでしょう。
ゆっくりやれば大丈夫!
難しそうに見えるかもしれませんが、やってみれば案外簡単です。
ただ、ランウェイが残り少ない中だとどうしてもしんどくなります。
早めの準備でできるだけ気楽にこなせるといいですね。
この記事でみなさまの資金調達が少しでもスムーズに進められるよう祈っております。