「捺印」と「押印」の違い:ネット通説に物申す

2021/07/05ブログ

突然ですが、皆さんは「捺印」と「押印」という二つの言葉について、何が違うかご存知でしょうか。

先日、とあるきっかけで「捺印」と「押印」の違いについてリサーチを行いました。

その結果が少し面白かったので、この場を借りてご共有したいと思います。

 

 

ネット上の通説

 

「捺印」と「押印」の違いについてネット検索をかけると、多くのウェブサイトが以下のように説明しています。

捺印:署名捺印の略。

押印:記名押印の略。

そして、たいてい民事訴訟法228条などを引用し、「法律上、そのように定められている」ことを根拠として挙げています。

第二百二十八条 (略)
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
(略)

 

ネット上の通説が誤りであること

 

しかし、純粋に法学的に考えた場合、上記の説明は誤りだと考えます。

 

理由1:上記法文は押印が記名押印の略であることの根拠にならない

 

そもそも、「署名又は押印」というフレーズが用いられていたからと言って、「押印が記名押印」の略であるとは限らないはずです。

上記法文から明らかになるのは、「署名」と「押印」が別の概念であることぐらいです。

 

理由2:法律は署名と共に印を押すことに「押印」の語を用いている

 

また、法律は署名と一緒に印を押すことについても「押印」という語を用いていますので、署名と一緒に印を押すことを「捺印」としているわけでもなければ、記名と一緒に印を押すことを「押印」としているわけでもありません。

例えば、民法980条がそのいい例です。

(遺言関係者の署名及び押印
第九百八十条 第九百七十七条及び第九百七十八条の場合には、遺言者、筆者、立会人及び証人は、各自遺言書に署名し、印を押さなければならない。

 

 

理由3:「署名押印」という語も用いられている

 

刑事訴訟法では、「署名押印」という語も「記名押印」という語も両方用いられています。

 

第百九十八条 (略)
⑤ 被疑者が、調書に誤のないことを申し立てたときは、これに署名押印することを求めることができる。但し、これを拒絶した場合は、この限りでない。

第二百条 逮捕状には、被疑者の氏名及び住居、罪名、被疑事実の要旨、引致すべき官公署その他の場所、有効期間及びその期間経過後は逮捕をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。
(略)

 

むしろ、「捺印」という言葉は一回も使われていません。

 

理由4:「記名捺印」という語も用いられている

 

手形法や小切手法では、「記名捺印」という語も使われています。

下記は手形法です。

第八十二条 本法ニ於テ署名トアルハ記名捺印ヲ含ム

 

では、「捺印」と「押印」は何が違うのでしょうか。

 

当職の見解:「捺印」も「押印」も「印を押すこと」又は「押してある印影」を意味しており、同じ意味

 

身も蓋もありませんが、当職としては両者は同じ意味であると考えます。

 

理由1:「捺印」と「押印」の語義

 

「捺印」と「押印」について辞書等で調べれば、両者とも「印を押すこと」を意味していることは明らかです。

 

理由2:法文を文語体から口語体に書き換える際に「捺印」が「押印」に変更されている

 

旧法の文語で書かれた法文では「捺印」が用いられているようですが、口語に書き換えられた現行法ではこれが「印を押す」や「押印」に置き換えられています。

これはなにも「署名捺印」から「記名押印」でよくなったというわけではないでしょう。

ただ、「捺印」という単語をより平易な「押印」という単語に置き換えたというだけです。

【民法】


第千六十八条 自筆証書ニ依リテ遺言ヲ為スニハ遺言者其全文、日附及ヒ氏名ヲ自書シ之ニ捺印スルコトヲ要ス
2 自筆証書中ノ挿入、削除其他ノ変更ハ遺言者其場所ヲ指示シ之ヲ変更シタル旨ヲ附記シテ特ニ之ニ署名シ且其変更ノ場所ニ捺印スルニ非サレハ其効ナシ

(自筆証書遺言)
第九百六十八条 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない
(略)
3 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。

 


【民事訴訟法】
第三百二十六条 私文書ハ本人又ハ其ノ代理人ノ署名又ハ捺印アルトキハ之ヲ真正ナルモノト推定ス

第二百二十八条 
(略)
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
(略)

 

小活

 

以上からすれば、「捺印」と「押印」は日本語としても法律用語としても同じ意味だと言えるでしょう。

強いていえば、現在であれば現行法上の「押印」の語を用いる方が法的には望ましいのではないでしょうか。

 

ネット通説の出どころは?

 

そうすると、上記ネット通説の出どころが気になるところです。

ほとんど全ての記事が同じようなことを書いていることからすると、どこかのお役所か会社のローカルルールを誰かが記事として書き、それが知識のマウンティング用トピックとして流布したのではないでしょうか。

 

まとめ

 

以上をまとめると以下の通りです。

・「捺印」と「押印」は同じ意味

・ネット通説の出どころは不明

また業務の中で面白い発見があったらご報告します。

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